夕刻…雪の季節特有の「蒼い時間」が迫る頃、カフェスタッフから低い声で「出ました」と電話連絡。場所は「音の広場」にある天聖と妙夢のあいだくらいとか…。デジタルカメラを手に大急ぎで、けれど心もち息を潜めて音の広場へ。物音に気づいてか、少し遠くのほうへ走ってゆきましたが、なんとかとらえたのがこの1枚です。 夕闇のなか、おそらくこちら側を見ている1頭の鹿。鹿を目撃するのは既に4度目くらいのカフェスタッフ曰く「今日のは小さい」そうです。なんとなく感じます?鹿の視線。
鹿が出たというのは、熊にとってはうれしいやら悲しいやら不思議な気持ちです。熊も食べていくために街に出たのですが、野生の動物が里に下りてくるというのは自然界にとってはあまりよくないのです。山に餌がなくなるので、里に下りる。里でおいしい餌を見つけ、山で餌が取れなくなる。里にいつくと、そのうち人間から畑や木を荒らしたと文句をいわれる。その果てには、鉄砲で追い回される。それで悲惨な最期をとげた仲間も多いのです。とにかく静かに見守ってほしい。ゆめゆめ餌などあげないでください。
Comment by 都会に出た熊 — 2007年12月22日 @ 2:53 PM
都会に出た熊さま、いつもこめんとありがとうございます。
大丈夫です。餌をあげるなんて、そんなこと、決していたしませんので…。
ごくたまには鹿も目撃できるくらいに、カフェアルテは静かな山あいにある、とも云えるのでは…。
特に雪のこの頃は、その感を強くするのです。
Comment by npoアルテ — 2007年12月22日 @ 6:24 PM
はい、静かに見守ってください。自然との共存、そして自然の摂理に従うこと。それがアルテの楽しみ方のルールです。見ようと思えば見れない。欲をなくして無心になると、見れるものです。そして、美しい自然の中で取っていいのは写真だけです。
この言葉を最初に見たのは20年以上前のウトナイ湖ででした。熊も今はすっかり老いて、火のそばで熊ころりを飲むとすぐ寝てしまいますが、若い頃は、零下15度くらいの中で野鳥を追いかけていました。しかし、熊の経験でいうと今年は雪が深いかもしれませんね。鹿が里に下りて来る時はそういう時が多いです。
Comment by 都会に出た熊 — 2007年12月22日 @ 8:55 PM
今年は札幌の市街地にまで鹿が出没しました。
もともと、彼らが棲む地に人間が入り込んできたのですから、いまさら「自然との共存」というのも
気恥ずかしいものを感じてしまいます。
人間の存在自体が、自然の摂理に反している側面がありますね。
私の生業とする「医療」も、そんなパラドックスをかかえています。
ワクチン、抗生物質を手に入れたときから、医療行為は自然の摂理を侵して来たのかもしれません。
と言って、目の前の患者さんを助けるためにはできるかぎりを尽くす・・・医療者の本能的な行為です。
アルテに行くと、そんな人間の矛盾した小さな思いを包み込んでくれる、なにか大きなものを感じます。
回答は得られなくても、なにか安らぐことが出来ます。
夜、時々アルテ方面に意味もなくドライヴしたくなるのはそんな時です。
そんなことをすると無駄なエネルギーを消費することになりますよ!といわれそうですね(笑)。
明日は当直前にカフェによって気持ちを静めて行きたいと思っています。
鹿に遭えたら・・・やはりうれしいですね!
Comment by びばいのゴーシュ — 2007年12月23日 @ 11:34 AM